2000年11月4日(土)
一宮記念競輪前節「毛織杯」最終日

第1部 毛織の街
 大阪から電車で2時間半。名古屋の手前に一宮市はある。
 駅に降り立ったのが午前10時過ぎ。街は七五三ムードであったが、駅周辺以外は意外と閑散としていた。
 駅から競輪場へは無料バスも出ているが、徒歩でも20分位。途中アーケードがあり、一宮名物の毛織物を安く買うことができる。徒歩で向かうことにする。
 小川を渡り、片側2車線の通りに出ると、そこが競輪場。3年ぶりだが、その手前にショッピングセンターができており、その入口には銀行のキャッシュサービスがある。そこにお世話になりたくない、と私は思っていたが……。
 一宮競輪に来るのは3度目。最初来たのは97年の1月。そのときは、ノーホラのピンチを決勝で馬渕紀明−鰐淵正利に救ってもらった
 今回はその馬渕が本命を背負って決勝に進出する。
 買った競輪新聞を見て、唖然とした。馬渕は小川将人マーク。馬渕の後ろに加倉正義が同期で主張していたが、他の選手は馬渕どころか加倉とも競ろうとしない。私は小橋正義が馬渕と競るのかな、と思っていたのだが……。

第2部 場内・お得な特観席
 場内へ。3年前とまったく変わらない。知ってる人は誰も来てないようで、どうしようかなと思い、最近よく遠征で利用している特観席の値段を見れば800円だという。これは安い。1枚だけ残っていたゴール前正面の席を購入し、中に入る。
 内部は800円にしてはまずまずか。モニターはないが冷暖房の聞いた室内。無料ドリンクサービスにはオレンジジュースが追加。向日町で一杯100円で飲まれているものと同じようなものである(爆)
 3Fへのエスカレータを上がったところにはテレビがあり、一般の番組が流れている。ちょうど私が見ていたときには、バラエティが流されていて「花花」のおかげで淘汰されつつある元祖癒し系「キロロ」が出演していた。金城綾乃は相変わらずあのキャラクターで売っていた(笑)
 一番ありがたいな、と感じたのは座席。一宮は、正面の一般席がバンクより高くなっておらず見えずらい。ここの特観席は透明の柱はあるものの、基本的にはバンクからの距離が的確で相当みやすい。他の無料サービスがなくても、800円のまま続けてくれれば、ここの特観席は相当オトクだといえる。
 ここのバンクの印象だが、過去見た経験も含めていうと、カント自体は特にきつくはないが、捲りが結構決まる感じがある。ブロックされても、また踏み直して捲り切るケースが多く、自力型に有利な印象がする。捲りの後ろから更に捲り追い込みみたいな感じで大外突っ込むと伸びる感じだ。中割りなど追い込み屋の技はほとんど発揮できない、といっていい。

第3部 中野さん登場!
 さて第3レース。ここでは大阪の甲斐豊彦が、珠玉の動きを見せた。
 同県の山澤成保の番手で大立ち回り。まずは鐘3角埼玉の先行、関靖夫を出させないように必死のブロック。山澤を見事に先行させる。続いて、最終3角で捲ってきた岐阜の浅野幸選手を、脚色が同じになったのを確認して張って掃除。そのままマーク京都の武田哲二とワンツーを決めていた。
 この日一番評価する選手になった。

 第5レース終了後に、チャリティオークション大会があった。ここに中野浩一がゲストとして登場。なのに、レース前からステージで並んでいる人は誰もいない。「世界の中野」よりも、目先のレースということか。
 やっと5レースが終わって客がステージ前に集まってくる。あっという間に百人くらいの客が集まった
 そして中野さん登場。今回ここでオークションがあることを知らなかったようだが、それでも得意のしゃべりで客を沸かせる。
 小さいヤマコウを踏みつけている大きい内林久徳のバスタオル(もちろん、ヤマコウ作)や、長村達也選手のナイキのシューズ、1〜9番車の昔の半袖時代のユニフォーム+大昔のA級パンツ(もちろん三本線)をセットにしたものなどが出品。中野さん、わざと落札者のお金を、「この売り上げギャラじゃないの(爆)」とポケットにしまい、司会者から突っ込まれるなど結構お茶目。
 愛知の人気者、細川貴雄選手からは、甲子園の何かのレースを記念したプリントがついている大きなバックと、なぜか三重テレビの記念品(中身はバスタオル)が出品。
なんと誰も買うものがいない。思わず金のない私も「1500円!」と叫んでしまう。結局ある人が2000円で落札された。本日一番の安値であった。中野さんも「まあ、細川貴雄ですから2000円(体言止め)」(笑)
 いろいろあったが、約60000円ほどの売り上げがあり大盛況だった。

 続いて6レース終了後には中野さんと司会者とのトークショー。まずは昔のエピソードを淡々と話した。
 昔中野包囲網ができてて、誰も並びに入れててくれなかった時代に、岐阜の棚橋良弘選手だけが入れてくれた、とか九州の先行屋が少なく、西日本の先行屋を頼ったときに、中部のある先行屋が後ろを見ながら「中野さん、今から行きますよ」と言ってくれた、というエピソードとか、48期から競輪学校の名誉教官をやっていて、昔の生徒に比べ最近の生徒は説教を聞いてくれない、と嘆いているなど面白い話がたくさん聞けた。
 続いて、今回の一宮決勝メンバーについて、「馬渕は能力が高いのだが、詰めが甘い。それが解消されれば、タイトルの2個や3個は取っておかしくない」と評していた。最後に見に来ている客の何人かと握手をしていた。あんまりサインや握手をしてくれない印象が強かったので、私は「中野さんってこんな人だったかな」と少しびっくりした。今日の中野さんを見て、とても好印象を持った。
 
第4部 お金がない
 A級決勝は番手捲りで地元山内卓也の優勝。マークした青森の高谷兄こと俊英とのワンツー。1番人気。やっと今日初的中。優勝した山内選手は、ウイニングランでユニフォームを観客にプレゼント。場内かなりヒートアップしていた。
 何度も踏み直す展開で粘りの走りをした和歌山の山本光昭が3着。得点も上がってきている。注目した方がいい選手である。

 8R、9Rでは、鹿児島67期にやられる。8Rで買った本田博は不発。宮村耕一吉村和之の中部でワンツー。続く9Rでは内村豪が出走。私が買った小林大介−須田雄一が吉永好宏の抵抗にあったものの、なんとか捲り切った次の瞬間、大外から上がり10.8の脚で内村が捲り追い込んで1着。内村明らかなムラがけタイプで、時に強烈な自力脚を発揮する。覚えておいていい選手だろう。もっとも、いつ来るかは知らんが(爆)
 これで私は、このままでは帰る金がない。やむなく、先ほどのショッピングセンターのキャッシングコーナーでお世話になるハメになってしまった。

第5部 一人の男の挑戦と現実
 さて、いよいよ残り2レース、まずは第10レースの順位決定だ。ここに福岡の古川圭が登場。
 昔は私は好きではなかった。脚力にものを言わせたスピード一辺倒の戦法というのは私は好きではない。少し前までの古川は、まさにこのタイプだったのである。それが最近追い込みに戦法チェンジをしている所だと聞き、考えを改めた。
 一人の選手が追い込み屋として再出発を図る物語が、今繰り広げられているのである。
 今回のメンバーは、池上孝之−内林久徳−安福洋一−佐古雅俊の長い近畿ラインに、自在に走る光岡義洋−長村達也の中部ライン。そして位置のない古川−藤田和彦、笹川竜治。
 古川は番組屋には依然として、自力選手のイメージが強い。それに、九州に先行選手が少ない事もあって、なかなか先行屋と同乗できない。事実ここ二日も目標なしだった。
 もし追い込み屋になろうとする場合、位置のないレースでは今まで自力だったのを、番手勝負するなりしてアピールする必要が出てくる。
 上記の並びの場合、昔の古川なら捲っていた所だが、今の彼には狙う作戦は一つしかない。そう私は考えた。
 それは、池上の番手。つまり内林との競りだ。

 その内林も自在から追い込みに変わるときに、あの井上茂徳に外から競りにいき、追い込みの内林というイメージを作り上げた。だから今の彼がある。
 池上が先行する保証はないが、競った相手が内林なら、番組屋に与えるインパクトは大である。なんといっても内林は今121点を持つ、トップ選手の一人だからだ。グランプリは出られないものの、共同通信者杯2連覇や、オールスターのドリームレースを制すなど、実績は誰もが認めるところである。
 「古川さん勝負〜!」と私は発送機の前で叫んでいた。「古川さーん」。私の近くでも黄色い声援が2〜3飛ぶ。決勝を控えて盛りあがる客席。スタートのピストルが鳴る。
 今後のアピールのためには、ここしかない。池上の番手で競ってくれ。
 
 レースは笹川が前を取る。笹川の場合、古川と違い追い込み屋として自然と定着した感がある。関東のウマは多いし、スピードはあるが、すでにラインの3番手で捲りを打たずタテの伸びで戦うシーンも多かった。
 古川はその後ろに付けた。藤田がマークする。
 中団に中部。光岡は器用な選手である。かつては先行、捲りだったが今は捲りを交えた追い込み主体。競りも多用する。かといって、先行できないこともない。こういう選手が私は好きである。
 後方に4人の近畿軍団だ。人気は圧倒的に内林である。近況は元気がないとは言われるものの、このメンバーでしかもウマ付き。ダメでも自力がある。

 そして、運命の打鐘。ここで後方の池上の仕掛けに併せて古川は踏み出した。そう、それしかない。池上のスピードは良く、3番手になりかけた古川の飛び付きだったが、それもホンの一瞬。池上が少しピッチを緩めると、まだスピードを完全には落としていなかった古川が、そのまま内林のインで併走状態となった
 両者の競りはまずは静かに。内林は無理に古川を押さえつけようとしない。タテの余裕があるのだろう、内林は。
 そのままの状態で最終1センター。池上もさすがにピッチを上げる。
 そう、ここが勝負のときだ、とばかりに古川は内林を必死に外へ持ち上げる。内林も頭を古川の方へ向け、勢いを止めにかかる

 最終2コーナー、両者の火花は一瞬だけパッ、と燃え上がった。

 内林がふと我に気づいて外を見たときには、すでに光岡−長村の捲りは綺麗に決まろうとしていた。

 観客の大きな声援が聞こえてくる。光岡は大きくガッツポーズをし、長村が彼の腕を更に高く上げた。その陰で勝者を称えるように静かに引き上げて行った古川。人気の内林が3着に敗れ、ほとんどの客がヤラれたにもかからわず、誰も文句を言うものはいなかった。みんな9人の戦士たちを祝福していた。
 観客の心に残るレースをすること、それが競輪選手の本当の「勝利」だと私は思う。

 古川は6着だったが、とてもいいものを見せてもらった。あの内林相手にインとはいえ、あれだけ強烈にやるのだから上等だ。しかも、内林自身を勝たさなかった。この火花の音は全国の番組屋に、九州のこれから出てくる若手先行たちに伝わったのだろうか。

第6部 前にならえ
 古川の頑張りのおかげで私は精も根も尽き果てていた。もう負けは見えていた。最終レース。馬渕に競るものは誰もいない。小橋は本当に山田の3番手。いったいどうしたというのだろうか。
 このレースの焦点はただ一つ。さっき中野さんが言っていた馬渕の甘さがこのレースで解消されているのか。
 私は考えた。ホームバンクは小川は地元一宮。馬渕は名古屋だ。馬渕がそのことを気にして変に車間を開けて庇ったりはしないだろうか?
 というわけで小川将人の逃げ切りもあると踏み、小川=馬渕を数点と、あとはその後ろにいる私の好きな加倉から加倉−馬渕を重点的に、加倉−森内など数点買った。小橋、山田は蹴飛ばした。
 果たして馬渕はどういうレースをしたか。

 <11R>S級決勝
1 馬渕紀明 愛知68
2 山田裕仁 岐阜61
3 小橋正義 新潟59
4 室井健一 徳島69
5 森内章之 熊本64
6 宮路智裕 熊本56
7 山口富生 岐阜68
8 小川将人 愛知75
9 加倉正義 福岡68

 山田が前、山口−小橋らが続く。中団から小川を先頭にずらっーと並ぶ。室井や宮路はよく覚えてない。いや、森内−宮路は加倉の後ろだったか。宮路は山田の方だったかもしれないが。

 レースの結果はあっけないものだった。赤板過ぎ、ゆっくりと小川が山田を押さえ、打鐘が鳴ると自然に先頭に出ていった。山田は7番手に置かれ最終ホーム。 一本棒、まさに昔小学校の全校集会でやっていた「前にならえ」の競走だ
 これまでの馬渕は、今まで番手を回ったときは、ここで車間を開けすぎて、風をまともに浴びる形となり、G前後続選手に交わされる結末だったが、今回は車間をそれほど開けずに最終4角を番手で回った。
 「これなら小川は残れるかな」、と一瞬思ったが、次の瞬間馬渕は鋭く伸び切り、加倉を寄せつけず圧勝した。
 390円の一番人気だった。

 場内コレを待っていた、とばかりの祝福と拍手。とても盛りあがってた。思いっきりベタな展開で車券も外れたけど、場内の歓迎ぶりを見れば、そんなのどうでもいい感じがする。みんなコレを待っていたのだ。
 表彰式前には、愛知の選手が集まって胴上げが行なわれた。光岡、長村、A級山内もいたか。光岡、長村は何と(笑)、前のレースの勝負服を上だけ着て馬渕を持ち上げていた。馬渕の体が何回も宙に浮いた。

 そして表彰式。

「前に一宮で胴上げをしてもらったときは3着(98年オールスター山口幸二が優勝)だったので、今回優勝して胴上げしてもらってとっても嬉しかったです!」
「今まで番手走らせてもらったときは、いつも失敗してましたけど今回は(失敗せず)優勝することができて、本当に良かったです!」

 まさに実感のこもった言葉であった。
 今回は馬渕は「普通に番手回って、普通に抜け出して勝った」レースだった。そこに進境があった。力のある馬渕にとって大事なのは、まさにそれである。中野さんの言いたかったこともまさにそれ。
 「普通の競走」それでもう彼の場合十分なのだ。
 競輪祭が楽しみである。

 出待ちに行く頃には、もう暗くなって夜空になりかけていた。その中で、十人以上の人が出待ちをしていた。圧倒的に女性が多い。次々とヘッドライトを付けた選手の車が駐車場を出ていく。皆家路につくのだ。

 出待ちをしていた親子連れがいた。ある数人の女性グループが子どもをかわいがっていた。その時私はふと思った。果たして、この子どもが大きくなり、一人で出待ちをするようになるまで競輪は残っているのだろうか、と。
 ま、大丈夫だろう……。 


競輪メニューへ ホームページへ